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Under the roof

三児の父が育児、家事、読書のこととか書きます

歩く娘

娘が10ヶ月になった。

 
で、歩き始めている。長男は1歳になるまで歩かなかったので、娘の成長速度に驚いてばかりだ。
9ヶ月の後半には1歩目を踏み出すようになり、それから1週間程度で数歩踏み出し、さらに1週間後にはテクテクと数メートルは歩けるようになった。
歩くといっても流石によちよち歩きで、頻繁に転んだり尻餅ついたり。時には尻餅だけでなくそのまま後ろに転がって後頭部を打って泣いたり。それも含めて見ているだけで楽しい(親バカ)のだが。

 

二人目ということで、一人目の時よりかなりテキトーに扱ってしまったのは夫婦共々重々感じてはいるのだが、そんなことは全く影響せずに娘はスクスクと育ってくれている。
泣いていても構うことができず、しゃぶりつくおもちゃをキレイに洗ってやることもできず、猫の毛だらけの我が家の床をハイハイしているのを見て見ぬ振りをして過ごしてきたが、特に大きな病気もせずにこれまで育ってくれた。
まあ、だからと言って長男の時は頻繁に衛生状態に気をつけたのかと言われればそうではないんだが、細かいことに関しては明らかに鈍感になってしまっていると思う。
 
長男の時は歩く前からファーストシューズを家族で買いに行って、早く歩けたらいいねと毎日見守っていた記憶があったが、いまは「おおー、歩いた、早いねー。流石にびっくりだわー。」なんて感じの明らかに薄らいだ感動を家族で共有して満足してしまっている。省みるとなんだか娘が不憫だ。
 
まあ、娘の歩行も感動だが、それと同時に息子も3歳なりの成長を続けており、僕ら夫婦にとってはそっちの成長はファーストコンタクトだから、なんだかんだで上の子の成長による感動やら印象が強く残るせいもあるのかなと感じてはいる。
娘の成長は凄い。息子の時より明らかに手がかかってないし、成長の速度も段違いに早い。感情の表現も豊かだ。しかし、それでも「息子に比べて」の感動になってしまう。手のかからない良い子であるがゆえに、苦労した記憶も残らずここまで来てしまった。いいことなんだけど、なんだかもっといろんなことしてやれたんじゃないかなという気持ちも残る。ジレンマだ。
 
早く歩くようになった子は、よく転ぶ子になる、なんて話を聞いたことがあるが、果たして娘はどうなることか。歩くのが早いと、お喋りやトイレトレーニングなんかも早くできるようになるんじゃないかななんて考えたりもするんだが、それは関係ないのかな?いまだにトイレトレーニング中の息子を見ると、歩きよりもそっちの方が気になってしまう。
 
結局、親も自分のことばかりで手一杯ってことだ。