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Under the roof

三児の父が育児、家事、読書のこととか書きます

ウソつき息子

3歳の息子が最近、ウソをつくようになって困っている。

 
どういう時にウソをつくのかというと、ご飯を食べている時にあまり好きなメニューではなかった場合「お腹痛いの…」とか「眠いの…」といったことをいかにも元気なさげな声で訴えて、嫌いなものを食べずに済まそうとすることが多い。

 

しかし、だいたいこういう日にはデザートでスイカやメロンなど息子の大好物の果物がすでに用意されており、嫌いなものは食べずにデザートだけ食べようという魂胆が見え見えなので、こちらとしても強く注意してしまう。
「お腹痛いならスイカも食べられないよね!」とか「眠いならもう歯磨きして寝ようか⁉︎」と言うと、デザートを食べたいという目的が達成できないため「うーん…スイカ食べるの…」「眠いの…」と整合性のないことを言い出す。それならまだ、ご飯は食べたくないけどスイカは食べたいとはっきり言ってもらったほうがマシだ。
 
自分は「ウソをつく」という行為でパパママを余計に怒らせている、という認識がまだないらしい。自分に都合のいい方向に話が転べば問題ないと考えているわけだ。
ウソをつくことがいけないことだというのは理解しているみたいだが、それがご飯を食べなくて怒られることと、ウソをついて怒られることのどちらがよりタチが悪いかということはわかっていない。だから今まで散々ご飯を食べないことで怒られてきたため、ウソでの自衛が息子の中では上回っているということだろう。
 
そういう意味でも、ウソをつき始めたということは「育てかたがマズかったかな…?」なんて悩んでしまいそうな案件だが、息子なりに怒られないためにどうしようかと考えた末の次のステップに進んだ結果とも言えなくはない。
ウソをつき始めるという、決して歓迎されるべきではないことだが、そんなことを通しても息子の思考のパターンが増えたんだなと感じることはできた。
つまり、ウソをつき始めた…困ったな…何が悪かったんだろう…と頭を悩ませるのではなく、ご飯を食べないことに対しウソで言い訳するようになったか…なら、ウソをつくのは正直に「食べたくない」と言うよりももっと悪いことだ、ウソをつくと信用を失うぞ、ということをじっくりと伝えていくチャンスだ、と考えることができる。
今までしたことのない態度を見せられると、親のほうが驚いてしまうことはたくさんある。しかし、それは親子共々成長するための、誰にでもやってくるチェックポイントなわけだ。うちの子はなぜこんな風に…と悩む必要もなければ、どこでそんなこと覚えたんだ⁉︎と原因を追究する必要もない。ウソなんて誰だって覚える。大切なのはこれからどうするかだ。
 
なんて、「ウソをつくようになって困った」という書き出しから始まって、本文書きながら自分で納得したい答えを無理やり導き出してしまった。これでいいのかどうかは、僕自身が身をもっていずれわかるようになるのかな。