Under the roof

三児の父が育児、家事、読書のこととか書きます

【書評】これは僕の人生であり、あなたの人生でもある『ストーナー』

読みながら、涙が止まらなかった。

ストーナー

ストーナー



昨年、いくつかの書評サイトで本書が絶賛されているのを見て、ずっと気になっていたんだがようやく読むことが出来た。
そして、本当に読んでよかったと心から思えた。

本書の主人公、ウイリアム・ストーナーが、貧しい農家に生まれ、大学にて文学に出合い、教授として一生を終えるまでの物語。ひとりのそこそこ優秀だがしがない男の一生を描いた、派手な起伏のない地味な、本当に地味なストーリー。

不器用で真面目な彼が、家業の農家を継がずに文学への道を志す様は「彼にとっては冒険だった」と言えるような内容だと感じられるし、それは不器用なりに内なる強い情熱を「若さゆえに」持っていた結果だろう。一目惚れした妻と結婚までこぎつけるし、大学で教授職として学び続けるチャンスも得ることが出来る。こうして物語の序盤だけ見れば、充実した勝ち組人生に見えるが、それはその後の大学内でのごたごたした人間関係や妻との確執、最愛の娘と触れ合う時間の減少等によりどんどん悲哀に満ちたものになる。

こういった身に降りかかる災難を、彼は自らの力で解決したりねじ伏せたりは全くせず、ただただ周囲に合わせてうまくバランスを取っていこうとする。面と向かって戦えばおそらく解決できた、そんなにひどいことにはならなかったはずの問題を、彼は不器用で彼なりの内なる正義があるからかこそ、あえて周囲にあわせ、なるようになる道を選んでいるように映る。

ダラダラと周囲にあわせているだけに見える人生。だけど、読んでいる僕は自然に涙を流していた。物語のエンディングで泣くのではなく、途中のやりきれない状況に巻き込まれながらも、それを受け入れて日常に戻るストーナーの姿を見て泣いた。

なぜなら、実際には彼は懸命に戦っているからだ。
面倒に巻き込まれ、意図しないまま自分の可能性、選択肢を狭められ、それでも一生懸命自分のなすべきことをひとつひとつこなしていく。それは彼なりに勝ち得てきた今の立つ場所を守るための戦いであり、誰に称賛されるものでもない。それを見て、気付けば僕自身もそんな戦いに日常を置いていることに気付かされ、彼が戦いで負った痛み、悲しみが手に取るように感じられる。

自分が頑張れば、自分さえ我慢すれば、そうやって仕事や家族のためにどれだけ身を捧げ、そしてそうすることにいつから慣れてしまっただろう。
誰に称賛されることではないし、自分が感じた辛さ、悲しさを完全に理解してくれる人はいないだろう。だが、ストーナーが感じた痛みはわかる。そしてストーナーが感じた痛みをこれから自分が経験するであろうこともわかる。なぜならストーナーも僕も日常とのバランスを取るために戦っているからに他ならない。

これは人生の書だ。僕の大好きなブッツァーティーの『タタール人の砂漠』のように、人生が詰まった書だ。

タタール人の砂漠 (岩波文庫)

タタール人の砂漠 (岩波文庫)



『タタール人の砂漠の砂漠』は、人生における取り返しのつかない貴重な時間を、有りもしない期待に身を寄せてただただ無為に潰してしまうひとりの男の物語だ。
こうなりたくない、人生とはもっと豊かで、気高くあるべきだという夢を持っていても、実際の自分の人生はどうだ。無駄なことに費やした時間のなんと多いことかと、改めて振り返らざるを得ない。

『ストーナー』もまた、夢に描くような素晴らしい人生ではなく、面倒な人間関係と抗いようのないトラブルに巻き込まれて疲れ果てた悲しい人生だったかもしれない。だが、そのストーナーの人生について良いとかダメとかではなく、それはそういう人生だったと受け入れるべきことだ。

それはリアルとかそんな言葉を通り越して、自分の人生そのものにも言えることであり、僕もまたそういう人生を歩んでいくしかないのだ。
万人に読んでほしいが、特に家族を抱えた働き盛りの男性に読んでほしい。