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Under the roof

三児の父が育児、家事、読書のこととか書きます

妻が仕事に復帰したので、ここ数ヶ月の詰みかけた経過をまとめた

妊娠後、体調を崩ししばらく療養休暇を取っていた妻。

ようやく体調が落ち着き、仕事に復帰した。復帰は約3ヶ月ぶり。いきなり無理して欲しくないので、家族としてはヒヤヒヤだ。
 
一段落ついたので、ここ3ヶ月くらいの経過をまとめておこうと思う。
 
◆1月下旬
 
母子手帳の交付を受ける。この頃から妻の悪阻(つわり)がスタート。そしてスタートと同時に悪阻が重すぎて妻は仕事を休むことになる。
 
悪阻の酷さは当然個人差があり、妻の職場の同僚で妻より1ヶ月前に妊娠した人は、特に体調の悪化を訴えることなくピンピン働いていたそうだ。
妻はかなり酷い部類で、2人目を妊娠した時も療養休暇を取得したことがあった。
 
◆2月
 
ある意味安定期。悪阻の。
 
とにかく悪阻がひどくて、妻は日がな一日家で寝ていた。少し体調が良くなると、空腹のため食事をとり、そのあと悪阻で吐く、の繰り返し。
 
2月はもうず〜っと吐き気と戦っていた。この頃は妻が気の毒で、悪阻を抑えるツボ押しや、簡単なマッサージをやっていた記憶がある。
 
子供たちにはなるべく妻の体に負担をかけないように説得したが、3歳の息子は妻にべったりで、いつも寄り添って寝ていた。妻にとって有難かったのか、邪魔だったのかは微妙なところ。
 
◆3月第2週目
 
3歳の息子、インフルエンザを発症。
 
病院で診断受けた瞬間、「詰んだ…」と思ったが、諦めて終わる問題じゃない。
とりあえずこれ以上の感染拡大を防ぐしかないので、一番感染しそうな1歳の娘と息子をなるべく接触させないようにして、息子は1週間僕の実家で昼間の面倒を見てもらった。
 
こういう時に実家が近くにあるのはすごく有り難い。幸い僕も妻も感染せず、予防接種をしていたせいか息子も症状は重くならなかった。
 
◆3月10日
 
妻から、お腹の様子が変と夜中に言われ、心配なため深夜に産婦人科へ。そしてそのまま緊急入院。切迫流産の可能性があり、絶対安静の診断が下る。
 
今度こそ詰んだ…
 
翌日は仕事を休んで妻の入院準備に駆け回り、この日から自宅では僕と息子と娘の3人暮らしに変化。それに加えて妻の病院にも行く必要がある。
 
◆3月第3週目
 
娘、インフルエンザ発症。
オンラインゲームなら「死体蹴りやめろ」と叩かれるレベル。
もしくは「ハガのライフはもうゼロよ!」の方かな。
 
息子は回復していたので、この週は息子→保育園、娘→実家、妻→入院、僕→仕事、という構成。
とりあえず、娘が回復するまで頑張るしかない…
 
◆3月16日
 
入院中、ひたすら点滴と安静を続けていた妻。思ったより状態が良いらしく、この日退院できることになった。
切迫流産の危険性は相変わらずあるので、自宅でもしばらく安静の指示。だが、入院中いつの間にか悪阻の症状は治まっていて、横になっている分には以前ほど辛くはなさそうだった。
 
とりあえず、退院できたのはよかった。あとはお腹の赤ちゃんが無事成長してくれることを願うだけ。
 
ここからは、比較的普通の日常を取り戻すことができ、晴れて妻は仕事に復帰することもできた。
 
まだ様子を見ながらだが、ひとまず僕としては落ち着く区切りを迎えられたと思う。
 
「なんでこんな状態で、なんとかなったんだ?」
と思われる方がたくさんいると思う。
理由はただひとつ。仕事が、きちんと有給休暇を取得できるホワイトな仕事だからだ。
 
仕事はほぼ毎日定時で帰ることができ、朝と夕方の保育園の送迎、そして帰宅後の晩御飯作りもなんとか僕がやることができる。
 
また、子供たちの発熱時や、妻の入院時には、きちんと有給休暇や時間での早退を取得できる。フルで働いていたらとてもじゃないが毎日お見舞いなんて行けない。
 
自分の時間はほとんどなくなったが、それでも寝る前にブログ書いたり、本を読んだり、お菓子作ったりと、ささやかな楽しみくらいはする時間があった。そのおかげで、僕は精神的にバランスを崩さずいれたと思う。全部を家族のためではなく、少し妥協して自分の時間を30分でも作る。
 
妻のため、子供のため、家族のため、はカッコいいが、それだけじゃ多分僕も病気になって本当に詰んでいたと思う。だから、これから先も、僕はささやかな息抜きを忘れずに頑張っていきたい。