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Under the roof

三児の父が育児、家事、読書のこととか書きます

【書評】人生は有限だということを忘れないために『タタール人の砂漠』

タタール人の砂漠 (岩波文庫)

タタール人の砂漠 (岩波文庫)


通して読んだのは3回目だけど、やっぱりすごい。

僕は、大学を卒業後、2年間を所謂「ブラック企業」で働いていた。

月150時間の残業。有給休暇や夏季休暇なんかは取得できず、多少の体調不良なら休まず出勤していた。
入社してすぐに「辞めたい」という言葉が頭の中の大半を占めていたが、結局そのまましばらく働き続け、体と心が壊れかかっているのに気付き辞めた。
気付くまで2年かかった。

その後1年間フリーターとして過ごし、26歳になる時に今の会社に就職。
残業は月10時間以下、有給休暇や夏季休暇もしっかり取得できる環境に変わり、不満のない今の生活を手に入れることが出来た。もちろん給料は下がったが、総労働時間と照らし合わせて時給換算すると、今も前の会社も時間当たりの賃金は変わらない。

今になってふと思うことがある。

あのまま最初の職場で心身が壊れるまで、いや壊れても働き続け、30歳を超えて転職が難しい年齢になり、ただただ仕事に食いつぶされる人生を送っていたら。

人生は”たられば”の連続だ。あの時こうしていれば。あの時決断していれば。
今の僕は、あの時仕事を辞めていてよかったと心から思える。が、もっと言えば大学卒業した時点でもっといい仕事に就職していればよかったのに、とか、いやいやブラックに勤めた2年間は今のいい環境を手に入れるために必要だったんだよ、とか、いろいろ考える。

ただ、確実に言えることは「待っているだけ」では、状況がよくなることは決してない。
転職に失敗して、より状況が悪くなることはあるかもしれない。が、転職しなければよくなることもあり得ない。状況が悪くなったならまた転職すればいい。よくなることを目指せばいい。

どれだけ辛くても、慣れてしまえばそのままでいることは意外と普通にできたりする。
不満はあるけど、現状を変えるのも面倒。いずれ変えるから。いまはまだ、本気出していないだけだから…
逆に、今状況を変えるのは、ちょっと時期が悪い、今投げ出したら申し訳ない…
そんな都合のいい言い訳を浮かべて、ダラダラと時の流れに身を任せる。
そんなふうに物事を先送りにしている時、僕たちはいつも忘れている。時間は有限で、限りある時間を使い切った時、僕たちは死ぬということを。

時間を無駄にし続ければ、いずれその無駄に食いつぶされて死んでしまう。時間は絶対に有限なのだ。それを僕たちはよく忘れる。

『タタール人の砂漠』は、要約すると「ありもしない期待をずっと待ち続けて人生を無駄にして、肝心な時には全て手遅れだったと気付く男」の話だ。
本当にただそれだけの小説なのに、僕は『タタール人の砂漠』を読むたび、様々な感情が入り混じる。

人生を無駄にしないように気をつけよう、なんて単純な気持ちではない。
無駄にしたつもりはないのに、僕は確実に歳をとって、人生の残された時間は減っている。

小説は、現実ではない空想の世界を味あわせてくれるもののはずだ。だが、『タタール人の砂漠』は、より人生を現実味のあるものとして認識させられる。
だからこそ、繰り返し読みたくなる小説なのかと思う。