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Under the roof

三児の父が育児、家事、読書のこととか書きます

【書評】自分も、あなたも、悪魔に変わるかもしれない『ルシファー・エフェクト』

読書

 

ルシファー・エフェクト ふつうの人が悪魔に変わるとき

ルシファー・エフェクト ふつうの人が悪魔に変わるとき

  • 作者: フィリップ・ジンバルドー,Philip Zimbardo,鬼澤忍,中山宥
  • 出版社/メーカー: 海と月社
  • 発売日: 2015/08/03
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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800ページ超で、とんでもない分厚さの本書。本当に面白いのか?読破できるのか?という心配は、最初の50ページであっけなく瓦解した。

 

あまりにも面白く、濃い内容に、ほとんど徹夜状態で毎日読みふけった。まさに、読書の醍醐味である「本の中に引き込まれる」感覚を味わった。

 

『es[エス]』という映画をご存じだろうか。

 

es[エス] [DVD]

es[エス] [DVD]

 

 

2002年に日本で公開された、ドイツで制作された映画。映画館上映時よりも、DVDリリース後に「怖い映画」として話題に上っていた記憶がある。僕もDVDで観た派だ。


この映画の元ネタになった、『スタンフォード監獄実験』の主導者となった人物が、本書の著者でもある、フィリップ・ジンバルドーだ。
本書の約半分は、この『スタンフォード監獄実験』の顛末に割かれており、ノンフィクションにもかかわらずホラー小説のようなスリリングな展開に、ページをめくる手が止まらない。

 

スタンフォード監獄実験は、1971年にアメリカのスタンフォード大学で行われた、心理学の研究を目的とされた実験だ。
著者である心理学者フィリップ・ジンバルドーの指導のもと、大学の地下を改造した刑務所を舞台に、新聞広告などで集めた被験者を「看守」と「囚人」に分け、それぞれの役割を2週間にわたり実際に演じさせて、心理学的にどのような変化が起こるかを検証するために行われた。

 

「演じさせる」と言っても、単に「ごっこ遊び」をさせるようなレベルではなく、囚人役は実験当日の朝に、協力者である警察官により実際に逮捕をされ、パトカーにより護送される。囚人役には、指紋採取、全裸にしてから囚人服を着せる、名前で呼ぶことを禁止し囚人番号で呼ぶことを徹底させる、など、実験開始当初から徹底した「囚人扱い」をする。


看守側には常にサングラスをかけさせ、「名前を剥奪された囚人」と「サングラスをかけた看守」という、非常に匿名性の高い状況から実験は開始される。新聞広告により集められた「アルバイトたち」なので、当然お互いに面識はない。

 

実験開始初日の夜から、看守たちによる囚人への「イビリ」が始まる。夜中にホイッスルで叩き起こし、番号での点呼をさせる。反抗的な態度を見せたら「腕立て伏せ」などのペナルティを課し、さらに従わなければ刑務所内に用意された暗くて狭い、懲罰用の「独房」に収容する。正直、実際の刑務所より酷い扱いじゃないか?と思いながら読んでいたが、実験当時は1971年。今とは時代背景が違う部分も多い。

 

ただひとつ絶対的な取り決めとして、看守は囚人に暴力を振るってはならない、というものがある。そして、それ以外にも食事について、トイレについて、お互いの呼び方について、などの取り決めが一応はあるが、看守側がだんだんとより厳しい取り決めや、嫌がらせともとれるようなルールを作り、囚人たちを従順にコントロールしようと行動し始める。

 

そして、日を追うごとに、看守側の支配的な態度が強まっていき、逆に囚人側は従順さが強まっていく。あまりにストレスフルな環境に、囚人側から不満が多数噴出する。囚人たちは、希望すればいつでも囚人役を辞めてアルバイトから離脱する権利を持っていた。だが、不満は訴えども誰も「辞める」と言い出さず、従順さ、囚人らしさばかりが助長されていく。


囚人側の不満が募るにつれ、看守側支配的態度をエスカレートさせていき、直接的な暴力こそ振るわないが、もはや虐待レベルの行為を囚人たちに強要していく。

 

ここで驚くべきなのは、この実験の主導者である、ジンバルドーでさえもこの実験の環境に飲み込まれていくという点だ。ジンバルドーは最初から実験の様子を隠しカメラなどでモニターし続けていた。あまりにも情緒不安定になったため、開始2日目には離脱した囚人役がいたが、その際もジンバルドーは実験を中止しようとは思わず、データ収集を優先した。

 

6日目、実験の見学に訪れたジンバルドーの恋人が、実験参加者たちの酷すぎる状態を目の当たりにし、即刻中止を勧告。これにより実験は6日で終焉を迎えたが、これがなければ実験は継続され、何かしらひどい結末を迎えていたかもしれない。

 

刑務所、看守、囚人という環境が、被験者にどのような心理変化をもたらすか調べるために開始したこの実験は、結果的に予想以上の検証データをもたらした。

看守役に就いた人たちは、厳重な書類審査と面接を経て、犯罪歴や特異性のない「普通の人」を選んでいた。囚人役も同じく「普通の人」を選んで、看守をやらせるか囚人をやらせるかはランダムに割り振っただけだ。実験開始時にはただ役割をこなそうという気持ちで始めたのにもかかわらず、いつの間にか看守役たちは虐待という悪意に身を染め、それを悪いこととは感じずに実行していく。

 

ジンバルドーは、この結果により、自分自身を含め「悪い人」が悪意を広げていくのではなく、設えられた環境によって悪意は発生させられ、誰であれ悪魔へと変わってしまう可能性があるということを力説する。

 

本書では、このスタンフォード監獄実験の顛末のほか、これに近いような実験や社会環境により、普通の人が悪魔へと変わってしまった事実を紹介している。


例えば、ルワンダでの大量虐殺。1994年にアフリカのルワンダで起きた、フツ族によるツチ族の大量虐殺だ。

 

この虐殺が始まるまで、ルワンダ国内に暮らすフツ族とツチ族は互いに争うことなく共生していた。しかし、フツ族過激派により、ツチ族の虐殺が開始されると、一般市民であった普通のフツ族の人たちでさえ、鉈を振りかざし次々とツチ族を殺害し始めた。ルワンダ政権の女性事務大臣であるポーリーン・ニラマスフコは、ツチ族をゴキブリと呼び、人間扱いせずに虐殺するようフツ族の人々へ訴え、その指示に盲目的に従うようにフツ族の一般市民たちも、ツチ族の虐殺に加担するようになっていった。


虐殺には、指導者がいる。このルワンダ虐殺も、ポーリーン・ニラマスフコによるフツ族への煽動があっての大量虐殺ではあるのだが、ではポーリーン・ニラマスフコがとんでもない悪人であったかというと、著者ジンバルドーは異を唱える。ポーリーン・ニラマスフコが政権下で置かれた境遇などをもとに、果たして自分がその状況におかれた場合にはどうなるかわからない、という、環境が悪魔を生み出すということを認めざるを得なくなる。

 

いったいどうすれば、こうした悪意の発生を抑えられるか。それについても、本書の結末にまとめられている。結局、悪意を生み出す仕組みに、客観的に気付くことができるかが重要となる。「看守」と「囚人」という枠内にはめ込まれると、囚人を御することに集中するあまり、悪意ある虐待へと走ってしまう。状況を客観視し、自らの行為の過ちに気付けるかどうか。それこそが重要だと、ジンバルドーは訴える。

 

これは、今こうして平和に生活している我々にさえ、当てはまることである。学校や職場における、いじめのエスカレートや、不正を見て見ぬふりしてしまうような組織的欠陥は、気付かぬうちに増大する悪意のひとつと言えるだろう。それを客観視し、ダメなものに対しはっきりとした異を唱える。難しいことであるのは間違いないが、自分自身も「悪魔」になる危険性をはらんでいるという事実を、本書を通じて感じてみることこそ、価値あることと思える。