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Under the roof

三児の父が育児、家事、読書のこととか書きます

【書評】アンナ・カヴァン『氷』

 

氷 (ちくま文庫)

氷 (ちくま文庫)

 

 

寒冷化により世界が緩やかに破滅へと向かう中、異常な執念でひとりの少女を地の果てまで追いかける男の話。

 

主人公である「私」は、冒頭から「少女」へ会うために車を走らせるのだが、少女はすでに結婚していて夫とともに暮らしている。
やがて戦乱により少女は夫のもとを離れるが、今度はある小国の独裁者である「長官」と一緒にいることを突き止め、少女に会うためだけに私は長官の治める国へと単身乗り込んでいく。
ストーリーはこの繰り返し。私がひたすら少女を追いかけ、少女を見失っては何らかの情報を得てまたまたとんでもない執念で少女を追いかける。世界は氷によって緩やかに破滅へ向かっていて、さらには国家間の戦争も行われているため平穏な日常さえままならない。そんな世界で、ひたすら少女を追い求める私。

 

登場人物に名前はなく、主な登場人物も「私」「少女」「長官」の3人だけ。「私」は少女を追いかけるうちに突然妄想へと入り込み、サディスティックで残虐な幻を見る。妄想へ突っ走っていたかと思うと突如自分を取り戻し、また執念で少女を探し出す。

 

迫る氷と戦争。世界は終わりに向かうなか、物語は「私」が「少女」を追い続ける形でスピィーディーに展開する。名前なし、自分勝手な解釈で暴走と妄想を繰り返す主人公、そんな主人公を突っぱねる少女、そして意外と親しかったりはたまた厳しかったりと掴みどころのない長官と、とにかく読者の感情移入を拒否して物語は進んでいく。こんなに読者を置き去りにした物語なのに、何故かグイグイ引き込まれてラストまで突っ走ってしまう。

 

世界が終ろうが、欲望と孤独はどこまでもついてくる。世界はおぞましい最期を迎えようとしているけど、そんなものより個人の執念のほうが恐ろしい。「私」が抱える少女に対する渇望は、得体のしれない闇のような恐ろしさだ。ジョジョ3部の終盤で、ヴァニラ・アイスがイギーに執拗に蹴りを喰らわせながら「よくも私にディオ様を攻撃させたな!」と言うシーンで、それを見るポルナレフが「まともじゃあねえ。コイツの心の中がバリバリ裂けるドス黒いクレバスだッ!」と言うのを思い出した。盲目さは狂気となり、世界を包む氷よりも冷たく心を飲み込んでいく。

 

募り募った絶望が弾けるようなラストの美しさは特に素晴らしかった。孤独を埋め合わせるのは信念だけなのだろうか。