Under the roof

三児の父が育児、家事、読書のこととか書きます

【書評】生きることを問う短編集『老ヴォールの惑星』

 

老ヴォールの惑星

老ヴォールの惑星

 

 

いつか読もうと思ってたやつ。面白かった。こういう出会いがあるから、やっぱり読書って最高だなと思える。

 

本作は『天冥の標』シリーズとかで有名な日本のSF作家小川一水の、10年以上前に発行された短編集。短編集と言っても100ページくらいの物語が4編入っているので、ひとつひとつは中編くらいの長さがある。

 

全体に漂うテーマは、「人間が人間らしく生きるためには?」ということだろう。


1編目の『ギャルナフカの迷宮』では、極限状態と疑心暗鬼は人を殺すか?
2編目の『老ヴォールの惑星』では、未来に何を残すか?
3編目の『幸せになる箱庭』は、まあ要するに映画『マトリックス』。人間らしさとは?
4編目の『漂った男』は、今を生きる意味について。

 

全部面白い。特に最後の『漂った男』のラスト。

 

とある軍に所属する男が、ある惑星上を飛行中、事故により偵察機が墜落する。パイロットの男は緊急脱出するが、そこは陸地が全くなく表層が海のみの惑星。
救難の無線を送った男は、所属する軍からの救援を待つが、惑星上に目印となるものが何もないため救助のために発見することが極めて困難であることを無線で告げられる。


救出まで生き残ることは困難かと思いきや、なんと男が漂っている海は若干ゲル状で、食べることができるうえに栄養価も豊富で、しかも水温も適温に保たれているため凍え死ぬ心配もない。温かいウイダーインゼリーの中に浮いているようなもんだ。

 

つまり、救出されるのは困難だが、食糧不足などで死ぬこともない。周囲は海しかなく、できることと言えば無線での会話のみ。こんな途方もない孤独の状態で、救出されるための淡い期待を抱きながら、無線の会話を心の支えにひたすら海を漂い続ける男の話。

 

地球レベルで言えば太平洋上に漂うメッセージ入りのボトルを見つけるより困難な状況。つまり救出はほぼ不可能に近い。が、可能性はゼロではないので、諦めもつかずただ待つことしかできない。明日救出されるかもしれないし、死ぬまで救出されないかもしれない。時間はただ無情に流れていく。ホラーのテイストはないに等しいのに、息苦しさと喪失感がずっと漂っている。

 

唯一無線が通じるからこそ、主人公は無線で励まされ、そして無線で絶望もする。ただ、どれだけ絶望しようとも、それ以上に広大な海でひとりぼっちというどうしようもない現実が常に一緒にある。絶望を受け入れようが跳ねのけようが、ひとりぼっちという事実は変わらない。じゃあ生きて感情が起伏していることって何なんだろうとさえ感じる。

 

だからこそ、ラストには無線で伝えられる励ましや絶望とは一線を画す「生きる喜び」そのもののエネルギーを感じた。
是非、4つの中編を順番通り読んでほしい。長い長い旅路の果てだからこそ感じる、言葉にならない魂の震えを受け取ると思う。