Under the roof

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【書評】ニュースを作る、闇の技術『ヌメロ・ゼロ』

 

ヌメロ・ゼロ

ヌメロ・ゼロ

 

 

『薔薇の名前』とかで有名なウンベルト・エーコの遺作。

 

1992年のイタリア/ミラノで、とある出版社における日刊紙の刊行準備をする記者たちの、紙面作成における話や戦後のイタリアにおける歴史、政治的要素が複雑に絡み合うミステリー。実際の史実に基づいた部分がたくさん出てくるので、ノンフィクション要素も含んだ小説になっている。


一見すると難解っぽいんだが、第二次大戦終了前後のイタリアについて注釈を交えつつ詳しく語られるので、スマホ片手にテキトーに調べながら読めば結構情報は補完できる。

 

歴史の闇に対する掘り下げやそれを巡る展開など、ミステリーとしての読みごたえはあるんだが、それよりも日刊紙を作るための紙面について編集者たちが繰り返す話し合いが、現在でも報道において使われているであろうテクニックを暴き出していて面白い。
ここで作られている準備段階の日刊紙の主な目的は「政治利用」だ。発行してたくさんの人に読んでもらうのが目的ではない。むしろ発行しない。発行前のプロトタイプを用いて発行主が政界や財界に対して影響を及ぼすことが目的となっていて、要するに編集者たちの雇い主を満足させるために、様々なニュースを恣意的に切り貼りするのだ。

 

読者にそのまま伝えることはたやすいが、それが面白いニュースとして人々の興味を引いたり、センセーショナルなニュースとして大きな影響を与えるかは別問題だ。逆を言えば、大したことのないニュースでもメディアが意図的に煽った報道をすれば大きなニュースに変わるし、ニュースの受け取り方を好意的にも反感を買うようにも操作することができる。ここで重要なのが、嘘を伝えるのではなく、紙面においての書き方やレイアウトなどで変えてしまうことができるということだ。

 

日本でもずっと問題になっている「偏った報道」を作るための技術。週刊誌やTVのワイドショーなども、まさに「受け取る側に興味を持たせる手法」はあからさまに用いられる技術として僕たちも理解していることではあるが、本書に乗っているような緻密なテクニックを用いれば新聞などの「比較的ソースを信頼できるメディア」でさえ読者を操作することが容易いと言える。

 

インターネット全盛で情報が溢れ返っている現在だからこそ、読者は自分の好きなニュースばかり取りに行ってしまいがちだ。だがそれは情報を発信する側の思う壺であり、ニュースを見れば見るほどバカになっていくってことになりかねない。

 

完全に真実を見抜くことは難しい。けど、自分がバカになっていくよう操作されている可能性を学ぶ、というメタ的な視点を得るのにも、面白い小説だと思う。