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【書評】今だから読むべき一冊『サリン事件死刑囚 中川智正との対話』

 

サリン事件死刑囚 中川智正との対話

サリン事件死刑囚 中川智正との対話

 

 

今年の7月にオウム真理教関連事件の死刑囚13人の死刑が一斉に執行され、メディアを賑わせていた。
誰かが「これで平成も終わりだ」と言っていたのが印象に残っている。
 
30代半ば以上の人なら、「オウム真理教って知ってる?」と聞けば、みんな口をそろえて「知ってる、サリン事件とか起こしたヤバい宗教団体でしょ」くらいの答えを返してくれるだろう。

 
松本サリン事件や地下鉄サリン事件などの、一連のオウム真理教関連の事件が起きていたのは僕が小学生から中学生にかけての頃だった。
 
当時は毎日テレビで事件を長時間にわたり特集し、オウム関連のニュースは身の回りに溢れていて、意識せずとも頭に入ってきた。
 
片田舎の中学生だった僕にとっては、これら一連の事件に含まれる「無差別テロ」「毒ガス」「新興宗教の暴走」「マインドコントロール」といった状況がいかにとんでもないことかを理解できていなかった。子どもなりに、ただ「ヤバい事件が起きているんだな」と感じているだけ。
「サリン」「サティアン」「ポア」といった強烈なワードばかり先行して、そういったワードを使った不謹慎なパロディーが溢れかえっていたことばかり覚えている。
歴史に残るレベルのとんでもない事件だったのに、どこか世間やメディアによってオウム真理教の特殊な面が「おもちゃにされている」感じ。今までになかったとんでもないことだったからこそ、現実感が伴わなかったのかなとも思う。
 
オウム真理教関連の事件で死刑判決を受けたのは13人。サリンやVXガスを、世界で初めて「一般人に対する無差別テロ」や、「殺人」目的で使用した。それ以外にもリンチや襲撃による殺人を何件も犯し、最終的には「日本政府を乗っ取る」ことを目的にしていた。
 
本書を読むと、「日本を乗っ取るなんて、アホか…」と一笑にできないくらい、オウム真理教は強烈な「殺戮能力」を持った危険な組織だったかがわかる。
地下鉄サリン事件で使用されたサリンはたまたま純度が低かったが、実際はもっと純度の高いサリンを大量に製造するノウハウも、財力も、施設も持ち合わせていた。
それ以外にも失敗に終わっているが炭疽菌などを利用したバイオテロの計画や、それらの生物兵器や化学兵器をヘリコプターで空中から散布する計画さえあった。めちゃくちゃだ。
 
どれもこれも「担当が無能だったから」「ヘリがポンコツだったから」「強制捜査を恐れて一度製造したサリンを廃棄したから」などの、様々な要因が重なった結果、運よく実行まで至らずに済んだ。オウムがめちゃくちゃだったのは中学生だった僕でも知っている。でも、ここまで簡単に人を殺すための行動を実行に移してしまう集団だったとは思わなかった。今読むからこそ、本当の恐ろしさが感じられる。
 
本書の著者は、科学者であり専門分野の毒性学や化学兵器の知識を地下鉄サリン事件の際に日本の科学警察研究所へ協力した、台湾出身で米国在住、日本語も流暢に話すことができるアンソニー・トゥー博士だ。
博士は当時のオウム関連の、特にサリンやVXガスと言った化学兵器の使用に関する対処や検出方法について日本の警察へ協力し、また教団が化学兵器の使用に至った経緯も調べるようになった。その過程において、博士は13人の死刑囚の一人である、中川智正と特別に「死刑囚との面会」を許可されるようになった。
 
今年の7月に13人の死刑が執行されるまで、博士は中川智正と15回に及ぶ面会をし、様々な「内部の情報」を聞き取っている。
科学者としての専門的な分析はもちろんだが、中川智正という人物の人間的な魅力まで書いている。中川は医師であり、また科学の知識も非常に豊富で、人柄も温和で話しやすい人物だったようだ。彼が罪を犯したことを博士はとても残念がっている。裏を返せば、それほど教団によるマインドコントロールは強力だったということだ。
 
当時のオウム関連事件を振り返る部分も、テロの中心となった人物たちについて中川が語った部分も、すべて圧巻の内容だった。ヨガサークルから始まった新興宗教が起こすレベルの話ではない。当時、子どもなりに衝撃を受けた僕にとっては、今になって細部を知れば知るほどさらに恐ろしさの増すことばかりだった。当時を知っている人には、是非読んでほしい一冊。