Under the roof

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【書評】みんな大好きゾンビの価値観が変わる本『ゾンビの科学』

久々に面白いノンフィクション。

 

 

 

ゾンビの科学:よみがえりとマインドコントロールの探究

ゾンビの科学:よみがえりとマインドコントロールの探究

 

 

 

 

タイトルからすると、「ゾンビという存在が科学的にあり得るのか」という本のように受け取れるが、全然違う。

中身は『ゾンビの科学』と言うより、『生物をゾンビ化する科学』と言った方がいいかもしれない。
 
改めて、みんなゾンビが好きだなということを再認識した。毎年、何本ものゾンビ映画、ドラマ、漫画、ゲームがヒットし、「もしゾンビに襲われたらショッピングモールに逃げ込もうぜ」とかそんなゾンビあるあるネタ、というか「ゾンビとはこういうものだ」というテンプレさえ世の中に浸透している。
 
そんな、誰にも愛されるゾンビという概念。それが存在するのは、スクリーンやゲームの中だけで、実際にはあり得ないSFの世界だと思っていると、本書にぐるりと覆される感覚を味わえる。
 
そもそも、ゾンビとは何ぞやと考えた時、キーワードになるのは「死者の蘇生」「噛みつきなどによる感染の拡大」「理性の喪失」などだろう。
 
それらの事象が、すでに存在していたり、科学的に実証できることをひとつひとつ解説してくれるのが本書の役割である。
 
例えば、死者の蘇生に関して。
1章では、ブゥードゥー教の黒魔術から始まり、ゾンビ化したとされるハイチの住民たちの存在について、科学者たちが大真面目に挑み、戦ってきた歴史を読み解くことができる。
そんなものは死者の蘇生と呼べないのは確かだが、2章では実際に死亡した生き物を蘇生させる試みを医学的に行っていたことが紐解かれる。
 
さらに、4章ではロボトミーが登場する。
ロボトミーとは、脳の一部に手術によって損傷を与えることにより、不安などの一部の感情を抑制させる方法。
この手術では、失敗した際には抑制の効かなくなった凶暴化する怖れ、脳の損傷による死のリスクがある。そういった外科処置による自我への影響は、言わば本来の感情をそぎ落とす行為であり、医学にコントロールされていることに他ならないのではないだろうか。
 
5章では、人間だけでなく、昆虫の世界でのゾンビ化に焦点が当てられる。一部の寄生虫は、宿主の脳に影響を与え、その行動を完全にコントロールすることがわかっている。
例えば、ハリガネムシという見た目はただの棒のような寄生虫は、宿主であるコウロギを当てもなく彷徨わせ、水辺に近付いた際にはわざと水面へ飛び込むように「自殺」させ、自身は宿主から抜け出て本来の活動場所である水中にて繁殖活動をすることがわかっている。
 
行動を操り、自殺させるなんて、どこのゾンビ映画?と聞きたくなるような世界だが、これはこの寄生虫にとっては当たり前の行動なのだ。
昆虫は、神経構造も単純で、乗っ取りも容易いという理由もあるだろうが、人間が寄生生物により脳を乗っ取られ、自ら自殺に向かうことになるというのはゾンビなんかよりも可能性は高そうだ。
 
総じて、すべては科学によるアプローチで探求されてきた事柄であり、逆に言えば今スクリーンに映るゾンビの姿はこれらの蘇生術やマインドコントロール、遠隔操作などの事柄を集約して反映させた姿なのではないのかと勘ぐってしまうくらいだ。
 
ゾンビは、自然と人間と医学の恐ろしい部分のごった煮だったのかなと、読後に新たな視点を設けさせてくれる一冊。