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【書評】『この世界が消えたあとの科学文明のつくりかた』

この世界が消えたあとの 科学文明のつくりかた

この世界が消えたあとの 科学文明のつくりかた


「文明のつくりかた」とあるが、本書は「シヴィライゼーション」のような、一から文明を作る話ではない。「この世界が消えたあとの」なので、今我々が持っている技術は残したまま、少数の人類が生き残ったと仮定して科学文明をどう再建するかという話だ。

そもそもそれってどういうシチュエーション?と思うだろうが、例えば戦争、小惑星衝突、大災害など様々な可能性はある。そこについても、本書では感染性のウイルスで人類の大半が死滅、という状態が「最も理想的」という、ちょっと何言ってるの?的な設定を用いてはいる。

そんな「設定」のうえで進む本書の内容は、生き残った後のサバイバル術とも違う。
少しはサバイバルのための知識も提供してくれるが、本書の核は「文明」の「再建」だ。僕たちが今、当たり前に使用している製品、科学技術の結晶たち。それらは、ただ開発されたから使えるというわけではない。今現在の人類が築き上げてきた文明があるからこそ使えるものであって、人類が少数しか生き残っていなければ使えなくなってしまうものばかりだ。

例えばスマホ。これは本書では「実現技術の広大なピラミッドの頂点に位置しているもの」と表現されている。使用できる機能を羅列するだけでも、電話、カメラ、インターネット、GPS、PCなど、様々な機能が小さな本体に集約されている。

電話の技術、カメラの技術はもともと別のものとして発展してきたものだし、GPSに至っては宇宙開発技術も絡んでくる。
とてつもない広範囲の人々の上に存在している知識や技術を集結させて作り上げたのがスマホであり、ひとりでは作れないどころか、少数の人類しかいないとすると電話の基地局や人工衛星などのスマホにとってのインフラを整備する人がいない、さらには発電所が止まればそもそも充電すらできない事態となり、どんなに高度な技術によって作られた物でも使い物にならなくなってしまう。

そういった、科学技術と発達した文明の上に成り立っているものは、今と同じ文明レベルまで回復しないと使えない。それはただ人口が回復すればいいという話ではなく、そこに至るまでの道のりをどうするかの話だ。

食料がなければ生きていくことが出来ない。食料の生産は、大規模農場で農業用機械と化学肥料や農薬をフルに利用して作られる。人類の大多数が消えた後でも、しばらくは燃料で動くトラクターや収穫用の機械は使えるだろうが、燃料が切れた後や修理が必要になった場合は違う。少数になった人類の人口が回復すまでにはとてつもなく長い世代交代を経る、長い長い期間が必要であり、その間ずっと今の人類に残されたトラクターを使い続けることは不可能だろう。

そのため、本書では小規模な農業を簡素な道具でいかに効率よく行っていたかの方法に立ち返り、どうすれば近代的な機械に頼らず、少ない労力で効率的に食料を生産するかを、実際の人類の歴史を紐解きながら最善策へとアプローチする。

同様の方法で、様々な産業を再生するための最善策が網羅されているが、これらの方法はすべて「大昔に人類がやっていた方法をそのまま真似する」とは一味違う。「蒸気機関」によってもたらされた産業革命は実際の史実だが、我々はもうガソリンや天然ガスで動くエンジンを知っている。その知識を残してさえいれば、いくつかの飛躍を経て科学文明へと近づくことは可能なはずだ。

例えば、医療。医薬品の製造や外科手術の最先端技術をすぐに文明として再生することは難しいが、かつての人類になかった病気というものに対する「知識」が我々にはある。単純に手洗いをするだけで、病原菌の感染拡大を防ぐことが出来ることを我々は知っているが、かつての人類は手洗いによって防げる病気があるなんて夢にも思ってなかった。そういった「知識」による昔と今の大きな違いは、確実に文明再建への近道になる。

ところが、ただ簡単に飛躍できる問題ばかりではない。すでに今の地球上にある「限りある資源」は確実に減っている。20世紀における文明の爆発的な発達は、資源を使いまくって環境を汚しまくっても気にしない、カミカゼアタック状態で手に入れた発展だ。同じ方法はもう使えない。なので、限りある資源でいかに効率よく文明を取り戻すかという、今の知識を総動員したうえでの文明再建への方法論が、本書の凄味であり面白さだと感じた。

ノンフィクションとしての世界史を掘り下げながら、SF世界で発展していく未来をも見ることができる。結局、「シヴィライゼーション」が好きな人はハマる一冊だと思う。