Under the roof

三児の父が育児、家事、読書のこととか書きます

【書評】幸せと危うさ『塔と重力』

 

塔と重力

塔と重力

 

 

『私の恋人』で衝撃を受け、そのあと読んだ『太陽・惑星』でさらなる衝撃を受けて一気にファンになった上田岳弘さんの最新作。


上田さんの作風といえば、超然的な視点を持つ神的な存在が物語の語り手となって、様々な人物が絡んだ複雑なストーリーを展開していく…感じが多いのだが、今作はそれを逆手に取ったような「神ポジション」なる視点を持った人物がいる。

 

前作『異郷の友人』で東日本大震災を用いたが、今回は20年前の阪神・淡路大震災が物語の起点となる。震災によって失われた意中の相手「美希子」を忘れられない主人公・田辺と、そのことについて妙なこだわりを持ち「美希子アサイン」として失われた美希子の代わりとなる似た女性をあてがおうとする水上。水上は「神ポジション」と称し神の視点からなら世界には35億人もの女性が存在するのだから絶対に美希子は存在していると、田辺が何度のらりくらりとかわそうとも「美希子アサイン」を繰り返す。

田辺はプライベートにおいて「一応は、恋人」と呼べる相手や、完全な「セフレ」とセックスを繰り返す。仕事か、セックスか、水上と会って「美希子アサイン」をするか酒を飲むかの繰り返しの生活。水上は二度の離婚を経験しており、さらには学生時代に自殺未遂まで起こしている。そのどれもが「別にたいしたことではないこと」のように描かれ淡々と物語が進んでいくが、傍から見ると今にも瓦解しかねないような危うい感覚でギリギリ生きているようにも映る。

 

「塔」と「重力」は相反するものだ。塔は重力に逆らって建てるものであり、高く立てるにはそれ相応の技術が必要になる。そして塔は建物としての高さだけでなく、精神的な優位性への象徴でもある。高ければ高いほど、権力や存在などの象徴性が高まる。

 

無感動にセックスを繰り返す田辺や、見かけは上手くいっていた生活を突然の吐き気ですべて台無しにする水上の生活は、SNSで自己の「リア充」っぷりをアピールしてどんどん引くに引けない高さまで塔を伸ばし続ける世界に対する、自然な拒絶反応にも見える。

 

きらびやかさと虚しさのせめぎ合う、面白お洒落な小説として楽しめた。