Under the roof

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【書評】アメフラシに癒しを求めて…『無脊椎水族館』

 

無脊椎水族館

無脊椎水族館

 

 

個人的にツボ過ぎる一冊。僕が読書する理由は、こういう本に出合いたいからにほかならない。この面白さは『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ』に近い。


本書の著者はエッセイストの宮田珠己氏。もともとエッセイストの書く文章なので面白いのは当たり前なのかもしれないが、そこに水族館での無脊椎動物めぐりというディープなシチュエーションがくっついている。


目次を見ると、様々な水族館が章ごとに紹介されている。そのすべてにおいて、著者は自分の好きな無脊椎動物であるイカ、エビ、貝、クラゲ、アメフラシや、背骨のあるやつでもエイ、マンボウ、タツノオトシゴなどの、マイナーな生き物たちについてばかり書いている。


著者は無脊椎動物の研究者ではない。

なのになぜ、水族館のマイナー生物ばかり紹介しようと思ったのか。それについては、以下のように綴っている。

 

多少関連があるのでついでに言っておくと、この連載は、全国各地の水族館を紹介するために書いていると思われているかもしれないが、それは間違いである。このことはきちんと話しておく必要がある。

そもそも私はこれを仕事だと思っていない。
わたしはいろんなところで文章を書いているが、それらはほぼ食べていくために書いているか、もしくはどうしても世に伝えておきたいことがあって書いているかのどちらかである。
けれどこの連載だけは違う。
これはただ自分を癒すために書いている。


本書を書いたのは自分を癒すため。自分が好きなものを見たいがため、と著者は言いきっている。


裏を返せば、全国の水族館を巡って「こんな面白い生きものがいたよ」や「ここではこんな素晴らしい展示をしているよ」というベタな記事を、取材データをもとに面白おかしく紹介することもできただろうし、そのほうが万人受けする本を出すこともできただろう。


だが、あえて本書では、著者が好きな「無脊椎動物」を、「癒しを求めるおっさん」という自身の目線で観察して面白かったことを書く、というスタイルを貫いた。


たくさんの水族館を巡っているのに、イルカショーやペンギンの餌やりといった、水族館のメインコンテンツにはほとんど言及していない。それどころかイルカショーなどに興味はない、水族館で重要なのは無脊椎動物の展示のみだと断言さえしている。


室内で、薄暗くて閉鎖的な空間。動物園と違い、触れ合ったり動物と目が合うこともない。ただ水槽の中の変な生き物を眺める、というシチュエーションは、現実のストレスから解放してくれる。
だからこそ、水族館はカップルや家族連れがワイワイ楽しむためのものではなく、我々のような日常に疲れたおじさんたちが、日々のストレスを癒すために訪れる場所だと著者は言っている。全面的に同意だ。この導入だけで面白すぎるだろ。


あとはもう読んでください。めちゃくちゃ面白いから。不思議な生き物を眺める疲れたおじさんの頭の中は、読んでいるこちらもいつの間にか不思議で面白い世界へどっぷりと浸からせてくれる。


自分も疲れたとき、ストレスでどうしようもないとき、そして何でもないときも、水族館へひとりでふらっと行って、無脊椎生物の水槽の前で腰かけてぼんやりしてみたくなった。