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【書評】我々の、そしてタコの心はどこから来たのか?『タコの心身問題――頭足類から考える意識の起源』

 

タコの心身問題――頭足類から考える意識の起源

タコの心身問題――頭足類から考える意識の起源

 

 

昔、ネット情報だが「イカの目は異常に発達していて非常に高い性能を持っている。しかし、脳はそれほど発達していないので目から得た情報を処理し切れていない」というのを見たことがある。「イカは宇宙人が送り込んだ偵察用の生物兵器だ」とか、オカルトな事も書かれていて当時若かった僕は面白がって見ていたものだった。

 

イカやタコといった生物は、鮮魚コーナーや水族館で目にする「ごくありふれた身近な生き物・食べ物」だ。だが、先に述べたイカの目の能力であったり、タコには3歳児並みの知能があるといった研究結果など、一般的な魚とは一線を画す部分が「見た目」にも「能力」にも備わっている。

 

本書のタイトルにもなっている、タコをはじめとした頭足類は、哺乳類とは進化の成り立ちが全く違う。そもそも脊椎動物になる前の段階、約6億年前から進化の道が全く別の方向に枝分かれしている。

 

だからタコの生態について考えるとき、人間ではこうだからタコはこうだ、という単純な比較ができない。例えばタコにはニューロンが5億個あって、これは犬のニューロンの数とほぼ一緒だ。ちなみに人間は約1,000億個のニューロンががある。


で、ニューロンというのは脳の回路だから、哺乳類ならほぼ脳に集中して存在しているんだが、タコの場合腕に約2/3のニューロンが集まっている。つまり脳で考えるのとは別に腕がそれぞれ独立して行動している可能性がある。


ただこれを、じゃあ人間で言うなら手が勝手に食べ物を取ったり外敵から身を守ったりするって事?と短絡的に考えてはいけない。タコを人間に当てはめて考えることこそが問題の本質を捉える妨げになるからだ。

 

こういった体の成り立ちから、タコはいかにしてこのような複雑な神経系と体を手に入れ、そしてそれがどのようにして知性に繋がっていったのか…ということを解き明かすことによって、我々人間が知性を獲得するに至った謎の解明にも繋げようというのが本書だ。

 

タコと人間の間には、明らかに異なっている点が多いが、逆に似ている点も多い。ということは、生き物としての進化は脊椎動物となるより前から枝分かれしているのにもかかわらず、同じような脳や神経系の進化が発生してきたと言うことだ。


試行錯誤をし、学習した記憶を持ち、さらには遊びのような行動もする。この行動を見ていると、著者曰くタコにも「心がある」と感じられる瞬間があるという。

 

要するに、人間とは全く違う方法で原始から進化してきた生き物が、いかにして「心」を獲得したかを紐解いていくのは、「地球外生命体がいかにして心を獲得したのか」と紐解く作業に近い。我々とは違うが、我々と同じようなものをいかにして手に入れたのか。そして、なぜ、そうなっていったのかを、科学と哲学を併用して解き明かしていく。

 

タコに限らず、人間以外の脊椎動物にも言及し、いかに「学習」や「遊び」といった知能に関する能力を獲得していったのかを解き明かしていくが、そういった様々な動物について説明されるからこそ、いかにタコという生き物が特殊な道筋で進化していったかというのがよくわかる。著者のタコ愛も感じられ、読むとタコを見る目が変わるだろう。

 

と同時に、じゃあタコを含め人間以外の生き物が感じている世界ってどんななの?という幅広い「意識」と「知性」についても様々な角度から切り込んでくれる。タコそのものだけでなく、生命と知性という哲学的な側面について知るためにも素晴らしい一冊だった。