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【書評】そりゃ絶望もするし発狂もする『アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した』

 

アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した

アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した

  • 作者: ジェームズ・ブラッドワース,濱野大道
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2019/03/13
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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「ワープア」って言葉、なんかあんまり聞かなくなってきたのは気のせいだろうか。
格差は広がる一方なので、ワープアだと響きが軽すぎて使わなくなったのだろうか。低賃金労働の問題は、むしろどんどん大きくなっていると思うんだが…

本書は日本ではなくイギリスのワープア、最低賃金労働者たちの現状について、著者自身が実際にその現場で働き知り得たことを綴った、実体験に基づくルポタージュだ。

ただの頭でっかちなノンフィクションではなく、実際の経験を元に書かれているので、経験者にしかわからない細かなストレスや心理状況についても描写されているのが面白い。

例えば第1章では、著者はアマゾンの巨大倉庫で購入された商品をピックアップする仕事に就く。
田舎の街にアマゾンの配送センターができたとあれば、普通なら片田舎に雇用口が増えたぞと喜び、地域経済も上向いていくことを期待するだろう。しかし実際は、過酷な労働環境により地元の人たちはアマゾンでは決して働かず、東欧からの移民ばかりが働く「地元民が近寄らない場所」に成り果てているのが現状だ。

著者の実体験によるアマゾン倉庫内の労働状況は、そりゃみんな辞めるよねと納得のいく過酷なものだった。倉庫内でのピックアップなので、一日中立ち仕事で何往復もし、10キロ以上の距離を歩くこともある。遅刻や私的な理由での欠勤は減点となり、点数がたまればクビになる。正社員雇用も現実的でなく、何を目標に働けばいいのか見えない。
そんな環境で働けば、もうあとは休憩と余暇をどう過ごすかくらいしか考えられないだろう。だが、そんな休憩時間の実態さえもひどいものだったりする。
例えば、食事休憩について。アマゾンでの労働時間中食事のための30分休憩割り当てられている。著者はこの表面上の情報だけでなく、実際は30分の休憩の際に倉庫から食堂まで徒歩で移動し、厳重なセキュリティを通過してからしか食堂に入ることもできないため移動だけで15分を要し、実際に休憩できる時間は半分程度で、その時間内にランチを胃に流し込み職場へ戻らなければならない、といった働いた人しかわからない劣悪な状況を細かく描写している。
これって実際に働いている側からするとかなり重要な要素だ。ひたすら注文品をピックアップだけし続けなければならない仕事。時間の経過は遅く、立ち仕事のため体への負担も大きい。そんな環境であれば休憩時間は分単位で貴重になる。しかし、実際に休める時間を逆算して休憩時間も迅速に行動しなければならないなんて、息つく暇なんて本当にないだろう。
ただ安い賃金で長時間拘束されるだけでなく、こういった細かなストレスの積み重ねがより労働者を追い詰め、高い離職率や労働者が低所得から抜け出せないスパイラルにはまっていくバックグラウンドがよくわかる。短い休憩で足を棒にして働くから、労働者たちは喫煙や飲酒、ジャンクフードといった一時の快楽に逃避し、貯蓄や投資に回すお金はなくなる。貧困から抜け出すのが困難になる理由のひとつだ。というより、労働者全般にとってのストレスとの向き合い方に通じるものがある。

日本においても政権批判と自己責任論が飛び交う昨今、非正規や低賃金労働は少子高齢化と並ぶ社会問題の最重要事項だ。しかし、政府がどうにかしてくれる、企業がどうにかしてくれるという感覚は我々にはもうない。だが、独力で解決できるような問題ならそもそも低賃金労働なんかに従事していない。
八方塞がりの閉塞感。一体どうやって希望を描けばいいのか。絶望の淵を掘り下げた、とても読み応えのあるルポタージュだった。