Under the roof

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【書評】格差、幼稚でキレやすい同僚、カレーパン…『下級国民A』

 

下級国民A

下級国民A

  • 作者:赤松 利市
  • 発売日: 2020/02/29
  • メディア: Kindle版
 

 

本書は「住所不定、無職、62歳でデビュー」という異色すぎる経歴を持つ著者による、東日本大震災直後の東北での復興事業に従事した経験を記したルポだ。震災関連のノンフィクションなんて今更珍しくもなんともないが、本書のあまりの内容の濃さにあっという間に引き込まれて一気読みしてしまった。

ひとりの人間が数年のうちに経験するレベルの話じゃじゃない。復興事業に携わった方たちのインタビューまとめた一冊と言われても疑いなく読めてしまうような内容だ。

もとは会社経営者だった著者。しかし、会社を倒産させてしまい、手元に残ったゴルフ場の芝管理事業からの収入で生活を保っていた。
そんなおりに発生した東日本大震災。土木建設関連の事業を営む知人社長から、東北での復興事業バブルに乗るべく、専務(知人社長の息子)と一緒に会社の営業部長として東北へ向かって欲しいという依頼を受ける。が、営業部長という名目は蔑ろにされ、自身も土木作業や除染作業に従事することになる…

というのが本書の筋で、書籍紹介にもそういう内容が掲載されている。

なので、瓦礫の処理や除染作業の過酷さ、その裏側などを目にできるのか…と期待して読み始めたところ、本書の冒頭は「宮城県石巻市、渡波駅前の多目的トイレ」から始まる。

季節は冬の午前4時。極寒のトイレの中で、便座に座り、コンビニで温めてもらったカレーパンを囓り、文庫本を読み始める、という描写が本書の書き出しだ。

あまりにも唐突だが、だからこそ「なぜそうなった…?」が気になりすぎて一気に引き込まれてしまった。本書の表紙は、サングラスをかけ恰幅のいい体型をした、どう見ても強面の著者の写真だ。その著者が、どういう経緯をたどればトイレでカレーパンを囓るところから始まるのか。

ネットで一昔前に話題になった「便所飯」に通じるものがある。災害復旧現場で働く同僚たちは一様に幼稚でキレやすい性格をしており、土木未経験の著者に対し見下したような態度を取ってくる。大卒で理論的に行動し、空き時間には文庫本を読む著者は性格的に合うわけがない。結果、同僚たちからいじめの対象となってしまい、肉体的にも精神的にも追い詰められることになる。

そういった同僚たちから居場所を失ったことにより冒頭のトイレカレーパンの状況になるのだが、そんな状況に陥りつつも著者は同僚たちの幼稚さ、陰険さは彼らだけの問題ではないのではないかという考えに至る。貧困や家庭環境などにより満足な教育を受けてこれなかったことなど、格差社会における底辺から抜け出せない日本の現状が彼らのような存在を生み出したのではないかと。

著者自身、バブル期を経験し一時は年収2000万以上を稼いでいた。しかし、それが東北で同僚からのいじめを受けながら土木作業に従事しなくてはならない現状となった。

本書を著した時点での「上級国民」「下級国民」という言葉を用い、自らも下級国民の中にいたこと、さらにその中でもいじめを受けるような低い立場であったことが余すことなく記されている。これが今の日本の現状であり、格差の拡大が続く中、いつ自分たちがこうなってもおかしくはない。いや、著者の経験からすると、それは「いつの日か訪れる」のではなく、「誰もがいつの間にかそうなってしまう」ということなのではないだろうか。