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【書評】恐るべきポテンシャルの生物『ハダカデバネズミのひみつ』

 

ハダカデバネズミのひみつ

ハダカデバネズミのひみつ

  • 発売日: 2020/08/15
  • メディア: 単行本
 

ハダカデバネズミについて、そのインパクトのある名前と姿は当然知っていた。だが、内に秘めた驚異的なポテンシャルについて、僕は1割も知らなかったことを思い知らされた。

その名前と見た目で、スベスベマンジュウガニとかトゲアリトゲナシトゲトゲみたいにたまに動物系テレビ番組とかWEBのまとめサイトとかで目にするお笑い動物的な存在だろ…と思っていた自分を戒めたい。こんなに面白くて科学的な可能性を秘めた奴だったなんて…

まず特徴的なその出っ歯。ハダカデバネズミはアフリカ東部のケニアなどの草原に生息し、地中にトンネルを掘りコロニーを形成しているのだが、トンネルをこの出っ歯で掘る。繰り返す。トンネルを、出っ歯で掘り進む。

地中生活を送る生物の多くは強靱な前脚でトンネルを掘るイメージだが、まさかの歯。歯をツルハシのように使い、土をどんどん掘削する。人間感覚で言えば口で穴を掘るなんて考えられないが、彼らは出っ歯で地盤をガリガリ削り、最長3キロにも及ぶトンネルを作り上げる。

しかもこの出っ歯、下側の2本に限り左右それぞれ開いたり閉じたりと動かすことが可能で、餌を口にくわえて運ぶときなどに開いて安定させたりするという。歯を自由に動かせますなんて聞いたことない。そして、歯のスキマが開いているときは力を緩めている状態であり、具合の悪い個体はすきっ歯になっていることが多いらしい。なんだその指標。「顔色悪いよ…具合悪そうだね?」でなく、「すきっ歯になってるよ…具合悪そうだね?」になるわけだ。体調の心配してるんだから笑ってはいけないんだろうけど笑けてくる。

最長3キロにも及ぶトンネルを作ると前述したが、ハダカデバネズミは1体のメス(女王)と1~3匹のオス(王)、非繁殖個体である兵隊と雑用係(働きアリみたいなもの)で構成される、ハチやアリのような「真社会性」を持つ数少ない哺乳類でもある。あんな見た目なのにまさかの高度な社会性設定。雑用係は巣のトンネル作りや食糧確保、女王の産んだ赤ちゃんネズミの世話と、まさに働きアリと同じ役目を果たしている。その多くがとても勤勉に働くが、サボっている個体がいた場合は女王自ら見回りして働くよう叱責するそうだ。本書には女王がまさに叱責しているらしい場面を捉えた写真も掲載されていて、コレがなんとも言えない哀愁と面白さを備えているので是非目にして欲しい。

兵隊の役割はもちろん巣を守ることだが、その守り方も凄まじい。近隣のコロニーとの「ハダカデバネズミ同士の争い」ならもちろん戦って抵抗するんだが、蛇などの捕食者の侵入に関しては自らの体を盾にし、「自分が食べられている間に雑用係が近くのトンネルを塞いでそれ以上の侵入を防ぐ」という戦法をとる。本来個体として保持している生存本能よりも、コロニーを守るという役割を優先するのだ。

そんな真社会性を備え、平均80匹ほどのコロニーを形成する「ネズミ」なので、さぞ雑用係の生存サイクルは短いんだろうな…なんて思っていたら、なんとハダカデバネズミの平均寿命は約30年になるという。オイオイオイ…想像の10倍以上生きるじゃん…

老化やがんへの耐性が注目され、iPS細胞作成の研究でも注目されており、本書ではこの研究者である三浦教授へのインタビューや、日本で唯一ハダカデバネズミの生態を保持し研究している熊本大学の研究チームのインタビューも掲載されている。ただの研究対象としてでなく、そのハダカデバネズミとの出会いや魅力についてもそれぞれ語られており、自分が子どもの頃本書と出会えていれば研究者への憧れを強く持てただろうな…と思わずにはいられなかった

そしてさらにさらに、2017年になって発見された脅威の能力があり、なんと酸素濃度5%の環境下で5時間、酸素濃度0%の環境下でも18分間生存することができるというのだ。なんなのもう…能力とネタを詰め込みすぎだろ…一個体が持っていい能力と魅力を超えてるよ…

という、とにかく凄まじいくらい能力の渋滞を起こしている生き物であるハダカデバネズミについて、今知るべき事すべてが網羅されている一冊。笑えるレベルの凄さなので、生物好きの人に是非おすすめしたい。