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Under the roof

三児の父が育児、家事、読書のこととか書きます

ぎっくり腰と麻痺した脳みそ

ぎっくり腰になった。家族の体調が良くなってきたと思った矢先にだ。立っているのも辛い。今日の仕事はなんとか乗り切った。座り仕事で本当によかったと思う。
 
うちの妻はシステマチックな人で、僕の体調がどのような状態であろうとお互いのタスク割りに対してフレキシブルな対応を取ろうとはしない。
つまりは僕がどんな状態であろうと、「いつもと変わらない生活、いつもと変わらない家事の負担」を求めてくる。いや、もとい、隙あらば僕に押し付けてくる。

 

ぎっくり腰は辛い。僕は学生時代から腰が弱く、無理な体勢で荷物を持ち上げようとしたり、準備運動なしで激しい運動を始めたりするとすぐに腰にダメージを受けてしまう。ぎっくり腰になると、おじいちゃんのように腰を痛くない角度に曲げたままでないとあらゆる行動ができなくなる。腰を曲げたまま歩いたり、座るときもその角度に腰を固定したままでなければ座れなかったり。重症のときは動くどころか立つことさえできなくなる。「腰が痛くて立てない」というのは本当に怖い。まるで下半身が自分の体ではないんじゃないかという錯覚にさえ陥るくらいだ。ぼくはそんな状態にいつでもなる可能性を抱えながら生活している。まさに「腰に爆弾を抱えた」状態だ。
 
今回のぎっくり腰は、息子を無理な体勢で抱っこしようとして腰にダメージを負ってしまった。情けないことこの上ない。もっと丈夫になってくれよ僕の腰!と思うが、年齢も年齢。弱くなっていく一方だ。ぎっくり腰の症状としては、痛みは強いが歩けないほどではない。しかし、例によっておじいちゃんのように腰を曲げたままでしか歩けず、まっすぐ立つことはままならない。
 
そんな僕は今、金曜日の夜だというのに、洗濯物を畳んだり腰を曲げたまま洗い物をしたりと、寝る前の家事を黙々とこなすことしかできなかった。妻は息子と一緒に2時間ほど前に寝てしまったからだ。妻は、「息子を寝かしつける」という名目で寝室に行き、そしていつも息子と一緒に寝てしまう。「息子を寝かしつけたら寝室から戻ってきて私も残ってる家事をこなすよ!」みたいな雰囲気を出しつつ寝室に行くんだが、その後戻って来る確率はおよそ15%だ。1週間のうち1回戻って来ればまあいいところ。夜は僕にとって誰の目にも止まらない酷使タイムだ。
 
普段はそれでも構わない、いや、構わないなんて僕は一言も言ってはいないんだがな…慣れって怖いと思う。まあ、とにかく普段はそれでも構わないんだが、僕が怪我をしようが病気になろうが殆ど気にしないのはヤメテ!と僕の腰が悲鳴のような声で訴えている。僕の脳は麻痺してるが、腰は正直だ。
 
これを書いている現状は、悲鳴をあげる腰を庇いながら家事を全て終えてしまったので、むしろ一人でゆっくりできていてありがたくらいの状態だ。誰にも干渉されない、心の平穏。しかし、全身に響き渡る痛みの代償がちっぽけな休憩というのは悲しくも儚い。
儚い想いを綴ることも、悲しさを助長する要因かもしれない。