Under the roof

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【書評】映画「オデッセイ」原作『火星の人』〜生き残るのに理由はいるのかい?

現在公開中の映画『オデッセイ』の原作。

火星の人〔新版〕(上) (ハヤカワ文庫SF)

火星の人〔新版〕(上) (ハヤカワ文庫SF)


映画見に行く時間的余裕がないので、Kindleでちょこちょこ読んだ。
もとはアマチュア小説家がブログで連載していた小説らしい。凄い。

出だしから、「火星でひとりぼっち取り残される」という絶体絶命、絶望のどん底からスタートなので「いやいやいや、どうやって助かるのコレ?」状態。

だが、その状況から主人公が手元のアイテム、持てる知識と技術を総動員して生き残っていくストーリー。大小様々なトラブルに引っかかりながらギリギリの線で進んでいくのが物凄く面白い。結構な長編なのに、まったく中だるみしなかった。

いろんな書評でも言われているけど、本書の魅力の一つは主人公の素晴らしさ。

火星での主人公の行動はログという日記形式で語られる。そのログの語り口が、火星ひとりぼっちというシチュエーションでも、決して悲観的にならずに、これでもかってくらいにユーモアたっぷりの日記に仕上がっている。
なので、生き残るために行動するハードなSF面の描写も、読んでいてほとんど苦にならない。

なんでこんなに主人公に魅力があるのかなと考えたんだが、おそらく彼自身の徹底したリアリストっぷりにあるんじゃないかなと思う。

こんなところで死んでたまるか、俺には帰る場所があるんだ、愛する人がいるんだ、やり残したことがあるんだ…

そんな熱い思いは、ほぼ出てこない。一応主人公には両親がいるけど、その登場もほんの少し。ストーリーにはまるで絡んでこない。恋人とかはいないし、未練となるような思いも垣間見えない。

そんな余計な付属品がなくても、人はただ目の前の可能性にかけてあらゆる手を尽くして生き残る様を見せるんだ、という個の可能性を追求した姿がこの主人公なんだなと感じた。

宇宙飛行士なので、当然頭はキレる。発想力も凄い。また、地球のNASAの管制官なんかも登場するが、彼らもみんな有能。そんな有能な登場人物たちが、全力で様々な策を講じる。

そう、当然ひとりぼっちのままでは助からないので、映画のキャッチコピー「70億人が彼の帰りを待っている」のとおり、地球側も初めはわからなかった主人公の生存を確認し、生き残りの策を立てるようになる。そんな、地球側からの助けも、あくまでもしっかりした科学のバックボーンに支えられたものだ。
そんな、科学という太い幹から全く離れずに、限られたシチュエーションで常に最良の策を模索していくため、「その展開はないでしょ…」と萎えることがほとんどなかった。

手元のカードでひたすら最善の手を打ち続け、生き残る方法を模索する。ただそれも、勇敢さの象徴といった感は全くなく、これやらなきゃ死ぬかもしれないから、怖いけど慎重に慎重を期してやる、なんて場面が多い。
主人公は決して無理をしない。ある程度頑張ったらすぐに自分にご褒美をやるし、時間が空いたらドラマや音楽で暇を潰す。身体が不調なら無理しないし、良い手が浮かばなかったら寝る。
そんな主人公に、超人ぽさは全くない。むしろ、日本のブラック企業で働く人の方が体の負担はデカイだろう。こういう、無理をしない姿勢というのは、火星サバイバルというありえないシチュエーション抜きにしても見習いたい部分だ。

とにかく、生き残るための最善策を、思いつく限り自分のために実行する。そんな「一生懸命な人間」を肩筋張らずに描いているのが、本書の主人公が魅力的な理由のひとつだと思う。

ますます映像で見たくなった。子供の見る映画ではないと思うので、なんとか時間作ってひとりでも見に行きたいんだが、果たして上手くいくかどうか。