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【書評】まさに「秘境での生活」『ルポ西成 七十八日間ドヤ街生活』

 

ルポ西成 七十八日間ドヤ街生活

ルポ西成 七十八日間ドヤ街生活

 

 

「ドヤ」に泊まり、「飯場」で実際に働いた男のルポ。これが凄まじく面白かった。

そもそも、「ドヤ」とか「飯場」という言葉の意味にピンとこない人は多いんじゃないだろうか。

というか、今は「ドヤ」も「飯場」も準放送禁止用語らしい。

 

「ドヤ」は今風に言うなら「ユースホステル」と言ったところだろうか。要するに格安で泊まれる宿のことで、「ドヤ」は宿(やど)を逆から読んだことが名前の由来らしい。ユースホステルと言うとバックパッカーが浮かぶけど、「ドヤ」というと一般的には日雇い労働者なんかが寝泊まりする格安の宿のことを言う。(追記;格安の素泊まり宿であることをお伝えしたかったのですが、全く別物とのご指摘をいただきました。お詫びして訂正いたします)

 

そして「飯場」は、大辞林によれば「工事・採鉱などの労働者のため現場付近に設けられた宿泊設備をいった語」らしい。ただし、単に寝泊まりする場を提供するだけでなく、労働者を監視下において仕事をさせ、賃金の一部をピンハネすることも暗に含んでいるらしい。

 

どちらも今や身の回りにほぼ存在していない。ドヤはユースホステルになったし、労働者を使い捨てるような飯場制度は廃れたうえに今なら労基に引っかかる。

 

しかし、このどちらについても今現在バリバリ存在している地区がある。それこそが大阪市西成区の通称「あいりん地区」だ。

 

たまにテレビのドキュメンタリーでも取り上げられることのある「あいりん地区」は、日雇い労働者や生活保護受給者の実情を取材したものがほとんどだ。

 

だが、本書は単なる取材ではなく、実際に西成のドヤ街で寝泊まりし、飯場での労働も体験するというテレビではちょっとできそうもないレベルの踏み込んだルポになっている。

 

だからこそめちゃくちゃ面白い。

 

著者は筑波大学を7年かけて卒業したばかりの所謂「新卒」なんだが、就職せずにライターとして生きていくために卒業後の4月に西成にやってきた。ドヤと飯場の生活を実際に体験することで本にしようというわけだ。そんな感じで実際に飯場に入り込む事なんてできるの?なんて思うことなかれ。あいりんセンターという職業斡旋所に足を踏み入れただけで、すぐ「ウチで働かない?」のオファーの連続になるから驚く。

 

若くて健康そう、というだけで即労働力として採用されるのだ。逆にあいりんセンターで仕事を探しているというだけで、過去の犯罪歴などから一般的な会社に勤められない理由がある人とみなされるような場所なのだ。「いろいろ理由があるんでしょう、ならばウチで肉体労働にひたすら従事ましょうね」という、まさに飯場制度そのものである。

 

そんなところに大卒直後の著者が飛び込んで仕事するもんだから、過酷な労働環境のルポだけでなく、著者の心理状況の変化も面白い。

 

重機や廃材に囲まれ、いつ身に危険が降りかかるかわからない状況で「自分は一体何をやっているんだ」という心理状況に日に日に変わっていく様子。
そして、そんな環境で毎日ひたすら働き、人によっては何十年も同じ生活を続けている周囲の労働者たち。西成で働くということはこういうことだというのがよくわかる。

 

まさに「秘境」と呼ぶに相応しい、一般的な常識の及ばない凄まじい環境。
ある意味知らなかったことばかりが出てくるので最後まで飽きずに読み進められた。


ドキュメンタリー好きなら、是非本書で「テレビでは真似できないドキュメンタリー」を経験してほしい。