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【書評】ストーカー被害者救済のための福音書『ストーカーとの七〇〇日戦争』

 

ストーカーとの七〇〇日戦争

ストーカーとの七〇〇日戦争

 

 

交際相手が別れ話からストーカー化し、嫌がらせ行為などがエスカレートして警察が介入、逮捕、示談をするもそれを反故にしてさらにストーカー行為を繰り返すようになり…という、とにかく酷いストーカー被害にあった著者の経験を綴った完全ノンフィクションルポタージュ。あまりの気迫と引き込まれるような文体で最後まで一気に読んでしまった。

事の顛末などは本書を是非読んでいただきたい。被害の状況から著者の心理、そしてそれに対応してくれる警察や弁護士などの描写などすべてが細部まで描写されているためスッと入ってくるように読めて、先が気になるのと共に著者自身が被害者であるにもかかわらずよくここまでその時の状況を詳細に書けるなという驚きをずっと感じた。

ここまで細かく書かれているからこそ、いかに理不尽な犯罪の被害にあったかという事実と被害者の苦しみが強調され、加害者からの執拗なストーカー行為の度に読む側にも緊張が走る。

但し、本書は犯罪被害を扱っただけのノンフィクションではない。今や「ストーカー犯罪」という言葉こそ有名になったが、定着したのは言葉だけで、犯罪に対応する法律が後手後手だったり、被害者への救済措置などがいまだに整備されていない現状への問題提起がこれでもかと盛り込まれている。著者は自身の被害と、それによって今後ずっと付きまとう不利益、そして加害者からの被害を今後どうやって防いでいくかについて、思考をフルに回転させどうすべきかを模索していく。

ストーカー被害の恐ろしいところは、加害者が逮捕されれても全く安心できない点にある。それはそうだ。ただ逮捕、実刑判決を受けただけでは、出所後に再犯をやらかす可能性は極めて高い。何せストーカー行為によって被害者からの訴えにより逮捕されたわけだから、加害者側としては被害者に対して服役中も執着心が消えるどころか「なぜ自分がこんな目に合うんだ、自分を逮捕するように仕向けた被害者のせいだ!」という心理状態になっていくことが容易に想像できる。

加害者に見つからないように、引っ越してひっそり暮らせば確かに被害はもう受けないかもしれないが、なぜ被害者側がそんなふうにこれからの人生を生きていかなけれればならないのか。本当の意味での事件解決は、加害者が被害者への執着をなくし、罪を反省してストーカー行為を二度と起こさないように「矯正」することではないのか。

となると、この場合の「矯正」は服役ではなく、加害者に合わせたカウンセリングなどの「治療」ではないのか、という結論に筆者は至る。実際、ストーキング行為などにより特定の相手に執着し嫌がらせを行う行為は一種の精神的な病気であるという診断結果もあるらしく、そういった情報を書籍で得た著者は、自分の加害者にもなんとか治療を受けさせることこそ今後の被害を防ぐ数少ない方法ではないかという結論に至る。

ただ、こういった犯罪へのケアは往々にして日本では遅れていて、そもそもストーカー行為に関しても著者が被害を受けた2016年当時はメールでの嫌がらせや付きまといには法律が適用されるが、SNS上でどれだけ嫌がらせがあっても適用外というなんとも歪なものであった。これが今は改正されているというのだから、著者の悔しさは想像しきれないレベルだろう。

著者はそれ以外にも、そもそもストーカー被害に関する書籍などが少ないため、得られる情報が限定されている現状を憂いている。
そんな状況でも自身で調べ上げて「被害者のためにも加害者への治療を」と警察、検察官、弁護士などに訴えても「は?加害者に、治療?なんで?」といった反応しか返ってこなかったことに悔しさを滲ませている。これは犯罪というと事件の事実ばかりに目が行って、被害者の心理的不安やその後の生活までに想像が及んでいないという現状に何より問題がありそうだ。

ストーカー被害なんて、実際いつだれが被害者になるかわからない。何よりいざ被害者になってしまうと、著者のように頭の切れる人でもテンパって「あの時ああしていれば…!」という事態に何度もぶち当たっている。あらゆる犯罪被害においてつきまとう「あの時ああしていれば…!」に適応力をつけるため、そして被害者救済という視点を幅広く持つためにも、ぜひ様々な人に読んでいただきたい一冊だった。