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【書評】そう、人の意見は変えられないのだ!『事実はなぜ人の意見を変えられないのか-説得力と影響力の科学』

 

事実はなぜ人の意見を変えられないのか-説得力と影響力の科学

事実はなぜ人の意見を変えられないのか-説得力と影響力の科学

 

 

本書のタイトルを見た瞬間、「ああ、反ワクチン派の人や、代替医療にハマってしまう人たちのことかな…」というのが頭に浮かんだんだが、まさにそんな内容だった。

まず本書の冒頭では、2016年の米国大統領選挙の前年に行われた、共和党の候補者討論会の様子が引き合いに出されている。

小児神経外科医のベン・カーソンと、不動産王ドナルド・トランプ。移民問題と税金に関する討論の間に、自閉症とワクチン摂取との関連性について議論が持ち上がった。

トランプはワクチン摂取と自閉症に関連があるという発言をしているが、それについてどう考える?と聞かれたカーソンは、「ワクチンと自閉症の相関を示す結果は報告されていない。トランプ氏だって頭がいいんだから、論文を読めば、理解してくれるだろう」という旨の発言をした。
それに対しトランプは「いや、実例だってある。うちの従業員の2歳の子供が、ワクチンを受けに行った翌週高熱を出し、その後病気になり、今は自閉症になっている」と答えた。

この討論が決定的な要因になったわけではないが、結果共和党の候補になったのはご存知の通りトランプだ。科学的知見に基づけば明らかにカーソンが正しいのに、人々はトランプの意見にも耳を傾け、影響されてしまう。

ポイントはカーソンが「科学的に証明されています」と言って満足してしまっている点だ。
つまりカーソンは「いや、データはあるんだから、みんなそれ見ればワクチンが自閉症の原因じゃないって理解してくれるに決まってるでしょ」と思い込んでしまっている。しかし、残念ながら人間はデータを目にして自分の意見をすんなり変えるようにはできていない。逆に「それらしいことを堂々と言った」トランプのほうが、人々へ与えた影響は大きかった。カーソンは「知性」にしか訴えなかったのに対し、トランプはその他全ての部分に訴えかけた。

科学的なエビデンスではなく、自分が信じたいこと、そうであってほしいと願うことが提示されれば、人はそちらの方に強く惹かれてしまう。ワクチンを接種することは幼い子どもたちにって絶対に必要なことだというのを科学が証明していても、ごくわずかでも「ワクチン接種後に我が子が障害を負った」なんて情報があれば、人はそれを完全に無視はできない。そしてその与えられた情報に対する判断は人それぞれなので、どんな証拠が提示されていようと人は自分が信じたいものを信じてしまうのだ。

むしろ、現代は情報が大量に押し寄せてくるので、「自分と同じ意見の情報」が流れてくればそれを見てより一層強く確信し、「自分と違った意見」が流れてくればそれを否定してむしろそういった情報源から遠ざかろうとする。大量の情報があるからこそ、意見を変えるのが難しくなってもいるのだ。

本書は様々な方法で「人の意見は変えられない」という残念な事実を示してくれるが、同時に「うまく人の意見や行動を変えるにはどうしたらいいか」ということも示してくれる。例えば、手洗いの順守率が約10%だった医療機関の現場で実施された、手洗い率を劇的に上昇させた方法。
手洗い場に監視カメラを設置しても刻かはなかったが、手洗いをすると履行率の数値が上昇していく電光掲示板を設置したところ、順守率が約90%にまで上昇したという。

要はアメとムチの話なんだが、人を行動させるには褒めたり達成感を与えたりと「快楽」を感じさせるのが効果的だということだ。実際仕事や育児に生かせそうな情報もあって、本書の情報は役立ちそうなものばかりである。

しかし、本書を読んでも「そんなわけないだろ!この本の意見は明らかに間違っている!!」って考えてしまう人も一定数いるのだろうか、というメタ的視点も考えてしまい、なんかちょっと混乱もしてしまった。実際よく読めば突っ込みどころもあるのかもしれないが、だとしたらそんな人は何を信じて自分を形成していくのだろう。

まあ、とにかく単純に科学本として面白いのでとてもおすすめです。「まず自分を疑ってみる」って視点が養われます。