Under the roof

三児の父が育児、家事、読書のこととか書きます

【書評】知ってるようで知らない世界『大きな鳥にさらわれないよう』

 

大きな鳥にさらわれないよう

大きな鳥にさらわれないよう

 

 

面白かった。『グールド魚類画帳』や『老ヴォールの惑星』を読んだ時のような、面白い小説の世界に飛び込んで漂った読後感。

 

短編集のようだけど、それぞれの短編は場所は違うが同じ世界で展開される物語で、本書の中の物語はすべて繋がりのある連作になっている。
冒頭、SF設定のような、日常からはズレた日常の描写からスタートする。不気味だけど牧歌的で、読み手からするとここからどう展開していくのか楽しみになる世界。

 

この世界の秘密を掘り下げていくのかな~、なんて考えて読んでいると、そこから一気に飛躍して「知っている、見たことある世界」の物語になる。「アンパンマン」が始まったと思ったらCM後に「仮面ライダー」に変わっていたような…こんな例えじゃダメだと思うけど、物語の視点と終点がなんとなく見える世界だが、質の違う世界に急に切り替えられてしまう。

 

最初の世界の謎は残したまま、次の世界の謎解きの形で短編は繋がっていく。これはこれで「見たことある、想像したことある」世界の様相なんだが、本作では人間が持つ生き物としての可能性についての追及が深い。種としての生存には必ず限界があり、そのためには現代のようなテクノロジーの追及ではいずれ終末がやってくる、というのは避けようのないことなのかもしれない。
こういったことは様々なSF小説でも触れられてきたことではあるが、本書のテーマはもっと人間という生きものの実態に即した問題を、「追い詰められた結果こうなってしまった」というどうしようもない感覚で語られる。生殖行為、クローン、人工知能、差別などの、今現在の人類でさえどうしたらいいか取扱いに困っているものが、生き残るためのカギになっている点が、この世界の絶望感を象徴しているように感じる。

 

徐々に明らかになっていく世界の秘密に引き込まれ、僕にとっては悲観的に感じられたこの世界の結末も、ラストで全て救い上げてくれた。物語はまた冒頭の短編へと戻り、輪廻の繋がりを示して終わる。最後まで読み切ってこそ、シンプルに生きられない人間のままならさを強く感じ、それもまあ、仕方ないと思える。ああそうか、冒頭はあんなに牧歌的だったのに、人間はどんな状況にあっても同じような壁にぶつかることを、僕はいつの間にか知っていたんだな…と改めて感じて。

 

神話的な、知っているようで知らない世界が構築されていく物語。とても面白かったので、何か面白い小説ない?と聞かれたときの他人に勧めるリストに入れようと思う。