Under the roof

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【書評】小説よりも不気味な未解決事件に挑む『死に山 世界一不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件》の真相』

 

死に山: 世界一不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件》の真相

死に山: 世界一不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件》の真相

 


ちょっと前にネットを賑わせていた本書。アマゾンで在庫不足のためか定価より1,000円以上高値で売られていた時期もあったらしい。
まずは本書の内容紹介を引用したい。

 

1959年、冷戦下のソ連・ウラル山脈で起きた遭難事故。
登山チーム九名はテントから一キロ半ほども離れた場所で、この世のものとは思えない凄惨な死に様で発見された。


氷点下の中で衣服をろくに着けておらず、全員が靴を履いていない。
三人は頭蓋骨折などの重傷、女性メンバーの一人は舌を喪失。
遺体の着衣からは異常な濃度の放射線が検出された。


最終報告書は「未知の不可抗力によって死亡」と語るのみ――。
地元住民に「死に山」と名づけられ、事件から50年を経てもなおインターネットを席巻、われわれを翻弄しつづけるこの事件に、アメリカ人ドキュメンタリー映画作家が挑む。
彼が到達した驚くべき結末とは…!


もうこれ読むしかないような紹介文。凄い。


ノンフィクションなのに、並のミステリー小説よりも奇怪な状況。

50年以上も前とはいえ、実際に起きた事件であるにもかかわらず、このレベルの謎を今までテレビやネットで目にする機会が少なかったことにまず驚く。
そして、本書では科学的根拠に基づき、著者が謎の真相についてひとつの結論を導き出す。専門知識を持つ科学者のお墨付きで。


結末は是非自分の目で読んでいただきたい。様々な俗説を丁寧に精査し、到達した結論は恐るべきもので、今まで謎のままだったというのも頷ける。


が、それ以外にも本書は、事件に至るまでのディアトロフたちの動向に関する記述が面白い。


トレッキングの準備をし、現地へ向かうディアトロフ一行の日常描写は、完全にどこにでもある大学生のサークルだ。
移動中や夕食後の談笑時にはマンドリンを演奏し、出版こそ禁止されているが口に出す分にはお咎めなしの詩を歌う。
鉄道の乗り継ぎの際には、小学校の教室を間借りして休息をとり、場所を借りた対価としてそこの児童たちへトレッカーとしての経験を講義する。小学生たちはディアトロフたちになついて、駅まで見送りに付いていったそうだ。
ストーブに近づけすぎたために、誤って燃やしてしまった防寒着をドヤ顔で着ている写真。
トレッキング前最後に立ち寄った、まさに最果ての村のような場所での記念撮影。


どれもこれも楽しそうな、同じ目的を持った仲間との青春の1ページにしか見えない。
この時代のロシアと言えば、鉄のカーテンに閉ざされ、言論や思想に自由も無く、政治犯となれば強制収容所送りの時代というイメージしかなかった。
だからこそ、写真に残るディアトロフ一行の充実した表情に見入ってしまった。


すべて、著者が実際にロシアに赴き、ディアトロフ財団の理事長や唯一の生存者への聞き取り、事件の舞台となったホラチャフリ山へも向かうなど、膨大な取材データをもとに事実のみが綴られている。ノンフィクションとしての読み応え自体が凄い。当時の状況を細部まで綿密に確認し、真相解明のため見落としをしないという著者の執念も感じられる。


それにしても、ネットさえあれば気軽に世界の謎やミステリーを目にすることができる時代に、こんなに完成度の高いノンフィクションミステリーがあるとは思わなかった。
事件の真相だけでなく、膨大な取材量による熱量を持ったノンフィクションとしても、非常に面白い一冊だった。