【書評】人間が人間を食べる習慣を理解すべきか?『人喰い ロックフェラー失踪事件』
本書を読んで得られるのは、知識や教養などといった安易なものではない。
むしろ、自分にはまだまだ知らないことや、理解できない世界がとんでもなく広がっているということを思い知らされた。
サブタイトルにもなっている『ロックフェラー失踪事件』の『ロックフェラー』は、あの『ロックフェラー』だ。
19世紀末のアメリカ、世界一の大富豪と言われた石油王ジョン・D・ロックフェラー。
その孫であり、事件当時の1961年に大学生だったマイケル・ロックフェラーこそが、本書のタイトルでもある「人喰い」によって殺される被害者である。
「プリミティブ・アート」と言われる、未開の地の原住民たちが作る美術品。それを買い付けるために、マイケルは当時まだオランダの植民地だったニューギニアに来ていた。
買い付けは順調に進み、次の目的地を目指してボートで移動していたが、エンジン故障により沖合で遭難状態になってしまう。
泳ぎに自信のあったマイケルは、助けを求め陸地に向かい泳ぎはじめ、無事原住民の住む岸までたどり着いた。
だが、そこでアスマットと呼ばれる原住民に殺され、喰われた。
400ページを超える分厚いノンフィクションの本書だが、開始十数ページでマイケルは殺される。
クライマックスがあっけなく訪れたような感じだが、その喰われる描写が凄まじい。文字で読んでいるのに映像として目の前に迫ってくるような綿密な描写。耐性のない人ならショックを受けるような描写だ。
なぜ、ここまで細部に至るまで「殺されて、喰われた」描写を執拗に記したのか。
それは、本書の残りを読めばわかる。
著者のカール・ホフマンは、現地に赴き、今も生活するアスマットたちへの直接の取材や、当時現地で生活していたオランダ人宣教師たちの日記を元に当時の状況を明らかにしていく。
それは事件の状況だけでなく、人を殺して喰うというアスマットの文化と歴史にも迫っていく。
本書は単純な「事件を解明するためのノンフィクション・ミステリー」ではない。
執念すら感じる膨大な取材データに基づいた、「カニバリズム文化を持つ原住民とは一体どんな存在で、どんな歴史を歩んできたのか?」という、とても深い民族学や文化人類学の本といえる。
「原住民」であったアスマットに、莫大な資産を持ち先進国からやってきたマイケルは殺された。
あくまでも本書のメインテーマは、「マイケルが、なぜアスマットに喰われたか?」の真相に迫っていくことにある。
しかし、本書を最後まで読んだ後で、もう一度冒頭の殺されて喰われるシーンを読むと、「アスマットは、なぜ殺して喰うのか?」の視点が自分の中に生まれていることに気付く。
ただの「恐ろしい描写」としてこのシーンを読んでいた時とは、全く異なる恐怖が己の中に芽生えるのを感じるだろう。
異なる文化を受け入れたり理解するのは簡単ではない。
世界は広く、自分の常識や自信が、全く通用しない事なんてたくさんあるんだということを、叩き付けるようなパワーで思い知らされた、衝撃的な一冊だった。