グロテスクな装丁に『禍い』なんて禍々しいタイトルだったので、戦争や兵器の凄惨な歴史を紐解く本かな〜なんて手に取ったら全く違った。
本書は「優生学」や「アヘン」「マーガリン」などの、科学により生み出された、人類にとって有益になると信じられたものが、実は禍と呼ぶべきとんでもない悪影響を及ぼしたものについて、歴史的・科学的に詳しく解説したものだ。
本当に人類のための科学的なものだったの?センセーショナルな書き方をして強烈な印象付けしてない?って思ってしまうくらいに全章とも強烈。特に驚いたのがロボトミー手術の章だ。
脳に直接アイスピック
ロボトミーとは、1930〜40年代頃、主にアメリカで行われていた「精神病の治療目的の手術」だ。主に脳の前頭葉白質切除という、脳の一部に直接施術することにより精神病の治療をするという目的で行われていた手術のことを指す。人類史上最悪の手術とも言われている。米国だけでも約5万人が受けており、日本も含めた世界中で行われていた。
元々は頭蓋骨に穴を開け、アルコールを注入することにより脳神経を破壊するという方法を取っていた。これにより、それまで精神病のため手のつけられないくらい昂った状態だった患者が、感情を表に出さなくなりとても従順になったというのだ。
どう考えても脳の一部が破壊されたことによる「悪影響」で、一歩間違えれば脳死状態や感情を全て失ったゾンビ状態になってもおかしくない行為なのだが、当時はこれを「画期的な精神病治療」として医学会に多大な影響を与えていたのだ。
当時治療方法が確立されておらず、病院に溢れていた精神病患者を「治療」するため、ロボトミー手術の施術数は急激に増加することになる。それに一躍買ったのがロボトミーの第一人者であるウォルター・フリーマンによる方法で、アイスピックを眼窩から脳内に差し込み、前頭葉で動かすことにより該当部分に施術していたというのだ。
厳重に消毒された手術室ではなく、診察室の中でグリグリと眼窩から脳にアイスピックを突き立てて、前頭葉あたりをかき回して施術完了って…もちろんこの方法では脳のどの部分に施術されているかは勘でしかわからないので、動脈を傷つけて患者が亡くなるケースも後をたたなかったらしい。だがフリーマンはこの方法で、2500件以上もロボトミー手術を、自らの手で行ったという。
今や投薬による治療が当たり前となったこの分野の医学も、当時は脳への直接施術という方法で行われていたのだ。
科学的なディストピア
こういった、今ではとんでもないとされる事柄を、本書は事実と歴史的背景をもとに細部まで解説してくれる。淡々とした語り口だがとてもわかりやすく、優生学の章なんかはディストピアSFと見紛うレベル。優生学思想に基づき、1910年代には米国では実際に6万人以上の人に不妊手術を行ったという。
これが本当に今までの人類の、科学的な行いの成れの果てなのかと思わずにはいられない。
もちろんロボトミーなんかは「繰り返されることがあってはならない」とはっきり言い切れるものだが、優生学やアヘンの章なんかは現代でも「危うい」分野と言えそうだ。だからこそ、歴史から学ぶためにも、本書は背景と事実について細かく描写されれいるのはそれだけでかなり価値があると言える。
インパクトのある装丁だが、怖いもの見たさよりも学ぶべき歴史として本書を手に取っていただきたい。