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【書評】リア充糾弾によりファシズムを学ぶ『ファシズムの教室: なぜ集団は暴走するのか』

 

ファシズムの教室: なぜ集団は暴走するのか

ファシズムの教室: なぜ集団は暴走するのか

  • 作者:田野 大輔
  • 発売日: 2020/04/17
  • メディア: Kindle版
 


ファシズムと聞いて、なにを思い浮かべるだろうか。
誰でも歴史の授業で聞いたことはあるだろう。そして、真っ先に浮かぶのはナチスだという人が多いだろう。

そもそもファシズムとは、第一次大戦頃にドイツやイタリアで台頭した独裁的・全体主義的な政治体制のことで、歴史的現象を指す言葉だ。
ただ。有名なナチズムでさえも多様なファシズムのあり方の一つであり、根本的な本質を一つに絞るのは難しい。
よって、本書においてファシズムとは「集団行動がもたらす独特の快楽」に焦点を当てている。大勢の人々が強力な指導者に従って行動するときの熱狂、攻撃性の強さ。それはファシズム独特のもので、こういった共同体統合による行動の仕組みこそがファシズムの怖さであるのだ。

甲南大学文学部教授である著者は、自身の授業においてファシズムの体験学習を10年間行ってきており、本書ではその様子を含めてファシズムがどういったものかを詳しく知ることができる。

白シャツ、ジーパン姿で、胸にガムテープに書いたロゴマークを貼った「制服」を身につけた受講者たちはナチス式敬礼で指導者である著者に忠誠を誓い、屋外でいちゃつくカップルを集団で囲み「リア充爆発しろ!!」と大声で糾弾する。
一見すると集団コントみたいだが、これには10年に及ぶ同授業により構築された綿密な仕掛けがある。かの有名な「スタンフォード監獄実権(本書でも言及されている。但し最近は被験者に対する演技指導があったのではという疑義も出されている)」では集団行動により暴走が発生している。よって、ファシズムを体験させるうえで暴走や攻撃などの危険があってはいけない。
危険を最小限に抑えつつ、受講者たちに「集団に属することにより生まれる熱狂性」を体感させなければならない。受講者の心理に変化をもたらすために、制服や敬礼といったもので集団への所属意識を高め、「リア中爆発しろ」というちょっと笑けるレベルの糾弾に抑えることで「大声による熱狂性は感じられるが、我を忘れるほどの攻撃性は抑える」という絶妙なラインを受講者たちに体験させているのだ。

面白いのは受講者たちのレポートだ。最初は乗り気でなかった受講生も、外でカップルに糾弾するうちに「ちゃんとやらないと」とか「やってたったぜ」と感じたり、果ては集団内にいることで自分の責任感の薄れを感じ、もっとやってやろうという気持ちになったというのだ。

上からの指示に、集団で従うことにより一人ひとりの責任感は薄れ、機械のように忠実に命令を遂行するようになる。まさに狙い通りのことがたった2回の授業で行われるのだ。たった2回でこうなるのなら、政府レベルでファシズムの扇動とプロパガンダを行えばどうなるかは想像に難くない。

ファシズムの歴史だけではなく、そこに至るプロセスも見ることができる。そのうえ本書にはこのファシズム体験協学習をするうえでのマニュアルといえるものも掲載されている。諸事情により現在はちゅしゃもこの授業を行っていないらしいし、今から実際に授業に取り入れるというのも難しいかもしれないが、それでもこのマニュアルを見る限りは「誰でも」「簡単に」できそうだという印象を受ける。

ファシズムに限った話でなく、集団の暴走や感情の動員はたやすく起きてしまう。本書を読めば自分はそうはならないと言い切ることが難しいとわかるはずだ。だからこそ、事前に読んで、知って、追体験しておくことが重要ではないだろうか。